どうも。ターニングポイントは高校生の近所です(´・ω・`)
高校生って言うと15年前。誕生日まで1週間を切りましてもうすぐ名実ともに30代になります。
え?誕生日?11月4日です!(アピール)
なんだかんだ就職氷河期を超えて薄給ながらも好きな仕事をしてますが、ここに至るには分岐点が3回ほどありました。
この記事の目次
アパレルに興味なかった高校生の頃
アパレル業界にいる人たちって昔っから服やお洒落が大好きで、こだわりも強い!って人が多いんですね。
そりゃあもう中学の頃から小遣い貯めて服を買う!とか高校で即販売のアルバイト!とかって人が多いぐらい。
そんな中近所はと言うと
服?オカンの買ってくるタウン&カントリーとかピコ(※)でええわ
って言う興味の欠片も無い高校生でした。
また懐かしいブランド名やな・・・・
※タウン&カントリー、ピコとは・・・
当時割と人気だったサーフ系ブランド。今でもサーフ系ショップとかスーパーの服売り場にある。色使いが結構ド派手。
そんな自分を大きく変える1回目のターニングポイントが高校の修学旅行でした・・・。
修学旅行で「おしゃれ」に危機感
近所の通っていた中・高は制服だったので友達の私服なんて見る機会そこまで多くなかったわけです。
特に部活もしてたので週末もそんな遊びにも行かなかったので。
修学旅行は沖縄だったんですが、制服ではなく私服での修学旅行。
ここで近所を揺るがす出来事が起きます。
え?あれ?あいつお洒落な服着とる・・・
言うちゃなんですが、近所と同じく服なんて興味ないと勝手に思っていた友達がなんだろう、おしゃれ。
詳細な服装は忘れましたが、クロップドに羽織物を前開きで・・・みたいな感じ。
※修学旅行は1月に行きました。冬の沖縄。
正直に言ってショックを受けて、初めてファッション誌買ってみたり、自分でアパレルショップに行ってみたり(と言ってもライトオンとかですが)
アルバイトを始めて将来が見えた2回目のポイント
クラブ活動もしてたのでバイト経験は少ない方です。
アパレルに目覚めたのは高2ですが、それまで興味の欠片も無いヤツがいきなりアパレルでバイトはちょっと・・・と気が引けたのでコンビニで稼いで服を買うと言う感じ。
コンビニが潰れたのでフラッといつも行ってたマックハウスに行ったら、アルバイト募集の「短期募集」にだけチェックが入ってたので、買うついでにレジでちょっと質問したら採用されていました。
ちょっと何言ってるか分かんない
どういうことかを説明しますと今思うとブラック感半端ないですが、
これ短期だけ募集ですか?
いえ!短期以外募集してます!
(え?それ逆じゃない?)
今店長いますからどうぞ!
え?ちょ・・・待っ!?
え?なになになに!??誰!?
↑昼食中だった店長
コンビニで働いてた時は漠然と「将来はスーツ着て営業か~」ぐらいしか考えてませんでしたが、アパレルショップで働くことでこういうのイイな!ってイメージ出来ましたし。
結局3年働いた上に生業にしましたからね。
絶対アパレル!って考えてたわけじゃなかった上に、なんか流れるように採用が決まっちゃったので働き始めましたが、今考えたらココも大きなターニングポイントだったと今思います。
ちなみに小学校の頃の夢は「弁護士」
意識高い系!?
いや、人生ゲームで一番給料高かったし・・・・
さすが小学生やな・・・・
(お分かりの通り頭の方が足りないことにそのうち気が付きます)
アパレルの中で特に憑りつかれたのが「デニム」
当時はあまりお金持ってないので買えるシロモノではなかったですが、お店に売ってるLevi’s501を見てこういうヴィンテージ感のあるデニムいいなぁ・・・と思い始めました。
最初は色々ヴィンテージ加工の物を買ってましたがその内育てる方に趣味が向き始めたので手持ちのデニムが大体濃紺と言う事に。
↓ 今もじっくり育成中! ↓
↓ さらに好きが高じてこんなのも ↓
就職氷河期到来!なのに余裕ぶっこいてた大学生
最後のターニングポイントは違いなく就活。なんせ人生の大部分を占める仕事をアパレルにしようってんだからね。
2010年卒なので同じ世代の方は記憶にあるでしょうリーマンショック。
- リーマンショック前(2008年8月頃)のセミナー
君らは幸せだ!売り手市場真っ盛り!
- リーマンショック後(2008年11月頃)のセミナー
君らの中から何人就職できるか分からんぞ!
と絵に描いたような手のひら返し。
リーマンサックス許すまじ
しかし近所は余裕ぶっこいてました。
何故ならバイト先(Machouse:アパレル販売)にそのまま就職しようとしてたから。
これは大学3回の夏休みぐらい(リーマンショック前)に既にバイト先の本社にも話が通っていて、すでに人事でも了承済。
余程じゃない限り採用するからね。
って言われてましたが、リーマンショックっていう余程の事が起きてしまいました。
しかもその今年は採用無しを言い渡されたのが2月。企業によっては説明会どころかエントリーも終わってました。
※当時は採用活動が年明けにはスタートしてます
熟考の上苦渋の決断をしたと言われたけどもっと早く言って欲しかった。
そっから急きょ就活をスタートし、5月には内定を貰えていたので実質活動期間は1か月半でした。
今のところにはトントン拍子で通ったのと色々やった中で一番印象が良かった上に、受けた中では手当とかがしっかりしてたので決めました。
他の業種に比べたら低いんだろうけどね・・・
このまさかの採用取り消しが最後のターニングポイント。
今の会社に就職した理由と違う世界線の話
もしも当時の人事の人が「もう既に口約束しちゃってるし・・・」と例外的に入社を認めてたらどうなってたかなぁ・・・。
って、思って今ちょっとHPとかIR情報とか見てましたが
6年で110店舗減・・・・
(547店舗→431店舗)
とは言え、売上やらの規模は今いるとこより断然上なんだよなぁ・・・(´・ω・`)
ただ、バイトしてた時の馴染みで元バイト先の店長とか知ってるから話聞いたりもしますが、給料的には近所と変わらんとか聞くと背筋凍る。
しかも会社の規模が大きいとこうやって、やりたかった通販運営とか関われてないだろうからね。
今の会社がちょうどこれからECを強化していくと言うところだったので、結構早くからその部署に所属出来てラッキーと言うのもありました。
自分の中でアパレルに目覚め、就職を決めたと言う3回が大きなターニングポイントと言えます。
こうやって見るとその時はこんな人生を左右するとは思ってなかったことばかりだな~と思いますね(就活は除く)